2017/05/14

ふるカフェ系 ハルさんの休日「京都・吉田山」 谷川茂次郎が作り上げた「みやび」の世界

今回訪れたのは、京都市にある吉田山です。前回の西陣に続いて、京都がとりあげられて楽しみです。

京都にあまり詳しくない私は、吉田山とはどの辺にあるのだろう、と思ってしまいました。妻に聞くと、京都大学のあたりだよ、とのこと。なるほど、銀閣寺方面なのかと理解しました。

めあてのお店は、風情のある坂を登っていったところにあります。店名は、茂庵(読み方は、「もあん」)。住所は、京都市左京区吉田神楽岡町8。

今までハルさんが訪れた店を集めた「ふるカフェマップ」を更新しました。

茂庵を始めた谷川茂次郎

茂庵は、谷川茂次郎という人によって始められました。谷川茂次郎さんは、明治の終わりから、大正、昭和のはじめにかけて活躍した、実業家です。

当時、新聞という新しいメディアが誕生し、その需要は爆発的に拡大しました。谷川茂次郎さんは、大阪で、新聞用紙を中心に扱う運輸業をおこし、大成功を収めたのです。今でも、その会社は谷川運輸倉庫株式会社として続いています。

谷川氏が成功したのは、なぜでしょうか。その理由のひとつは、大阪朝日・大阪毎日などの新聞社と、王子製紙などの製紙会社との間をうまくとりもったからです。一昔前の言葉で言うなら、フィクサーだったのでしょう。

その様子は、弘前大学のこちらの論文にくわしく書かれています。(PDFの17ページ目)

茂庵は、「茶の湯」の文化を大切にする場所です。それは谷川茂次郎さんが、茶の湯に熱心に取り組んだからです。実は、彼に茶の湯をすすめたのは、取引先である王子製紙の社長でした。

茶の湯の心を生かすため、谷川茂次郎さんは、吉田山の山頂に茶室8席、月見台、楼閣など広大な森の茶苑を築きあげました。(茂庵・公式サイトより) 長い年月を経て、今でも残っている建物が、現在のカフェ(茂庵)と田舎席・静閑亭と呼ばれる2つの茶室です。いずれも、京都府の登録有形文化財に指定されています。

彼のすごいところは、茶席だけではなく、住宅開発までやってしまったところです。いまでも、「吉田神楽岡町 大正時代の家並み」として保存されています。

茶の湯を愛した人ですから、その住宅開発にも、みやびな心が感じられます。写真を見ただけですが、植栽や、坂を生かした家並みが素晴らしいです。ここのサイトに写真付きで詳しくのっています。

いつかは、この場所を訪れてみたいなと思いつつ。

では、また。

2017/05/04

ふるカフェ系 ハルさんの休日「群馬・桐生」 あなたは小池魚心という人を知っていますか?

今日訪れたのは、群馬県の桐生市にあるふるカフェです。

桐生市といえば織物産業の中心地。桐生織と呼ばれる絹織物で、有名です。今でも、ノコギリ屋根の工場が現役で動いている町です。

めあてのお店は、糸屋通りにある「(異国調菜) 芭蕉」、住所は、桐生市本町5-345です。今までハルさんが訪れた店を集めた「ふるカフェマップ」を更新しました。

建物の中には、無数の民芸品が所狭しとならんでいます。不思議な雰囲気がただよっています。

建物の中はたくさんの建具で区切られていて、迷路のようです。店内の暗さに目が慣れたら、歩き回ってみるのも面白いかもしれません。

席に着いたら、呼び鈴を鳴らしてみましょう。呼び鈴の音色が席によって違っており、店員さんはその音を聞き分けて、駆け寄ってくるらしいです。

このお店は、小池魚心さんという人が、昭和12年に開いた店が始まりです。小池魚心さんが、その当時(80年前!)に古民家だった建物を買って、店を始めたということです。

お店のイチオシのメニューは、小池魚心さんの代から続く、カレーです。

また、番組では、椎茸まんじゅうもおすすめされていました。ピーマンの肉詰めならぬ、椎茸の肉詰めに、衣をつけて油で揚げた逸品です。

メニューについては、このサイトがとても詳しくレポートしているので、ご覧ください。

かつての店主である小池魚心さんのこだわりが強いので、お店が完成するまでに、20年かかったといいます。

小池魚心さんのこだわりの強さを物語るエピソードとして、次のようなものがあります。人づてに棟方志功に絵を描いてもらったくせに、自分が気に入らなかったので、漆喰(しっくい)で埋めてしまったのです。

10年ほど前に、棟方志功の絵が壁に埋まっていると分かりました。そこで、そのしっくいをはがして、今では、店の中で棟方志功の壁画を見ることができます。しっくいをはがす様子はNHKでも放送したとか。

私は、この番組を見て、小池魚心さんに興味をかき立てられました。調べてみると、桐生市国際交流協会が、桐生の偉人を外国の人に紹介するために作成したパンフレットがありました。

そこで、小池魚心さんについて、いかに心を尽くしてこのお店を運営してきたかが、熱く熱く語られています。(資料はPDFファイルです)

一般的には、講談社の創設者のほうがかなり有名に思えますが、そちらはカンタンにしか書かれていません。その落差がちょっと面白い。

では、このへんで。

次回は、京都の吉田山に広がる茶の湯のカフェです。

2017/04/28

ふるカフェ系 ハルさんの休日「東京・中野」 地域の人の居場所作りを地道にやっている、その集大成がここにある

中野といえば、中野サンプラザ、または中野ブロードウェイが有名なところです。私も、オタク活動に熱心だったころは、よくコンサートのために訪れていました。

そのように、中野は文化の発信地です。または、ビルの立ち並ぶ都会というイメージがあります。

しかし、今回訪れたカフェは、そのような中野のイメージをくつがえすものでした。

お店の名前は、モモガルテン。住所は、中野区中央2丁目57−7。あの堀越学園の目の前にあります。

今まで訪れた店を地図にした、ふるカフェマップはこちらから。今回分を追加しました。

モモガルテンは、築およそ70年、二軒長屋を改築したカフェです。

遊歩道に面したこのお店。二軒分という長さを生かして、開放感のあるテラスです。水槽には、金魚も泳いでいる。

店の中に入ってみると、壁を取り払って、中の空間もひろびろしています。

この番組で取り上げられてきた、ほかのカフェは〇〇造りだとか、特徴がありました。でもこのカフェは、見た目はただの民家です。

しかし、トイレの引き戸の上にさらに洋風のドアをつけるなど、改築に遊び心が発揮されています。

改築をしたのは、中西道也さん。古民家の改築を数多く手がけています。古い建物を残すことは、自然を残すことに近い、と語ってくれました。そうは言っても、ただ単に残すのではなく、自分のしたい工夫ができるのが良いのだそうです。

お店のおすすめのメニューは、店主が半日かけて煮込んだカレーです。玉ねぎを炒めるためだけに、1時間を使うというのだから、ものすごい。練馬大根の産地だからか、たくあんが付いてきます。

店の前の道は、昔は桃園川という川だったのだという話を聞いていると、ゲストで森比左志さんが登場しました。

どんな方なのかと思うと、絵本作家だということ。超有名作品である「はらぺこあおむし」の翻訳家、「こぐまちゃんシリーズ」の共著者だと知りました。

ちなみに、世田谷美術館で、はらぺこあおむしの作者「エリック・カール展」をやっています。見にいくのが楽しみ。

森比左志さんはこの店は、安らぎ、憩いの場所だと言います。

お店のご主人は、昔、区のケースワーカーをしていました。ケースワーカーとは、日常生活で困難を抱える人の相談にのったり、援助をしたりする仕事。区役所を退職してから、この店を始めたのだそうです。

地域の人の居場所作りをしたいと思って始めたこのお店。その望み通りの店になっているようです。

話は変わって。
1970年に「沖縄 郷土の家」が誕生してから、中野には、沖縄の人が多く住むようになりました。やがて、沖縄の祭も開催されるようになり、今でもそれは続いています。

そこで、琉球音楽の専門家でもある妻の明美さんが、三線を披露してくれました。彼女は、沖縄芸術大学付属共同研究所の肩書を持っています。

オリエンタルなメロディに聞き入っていると、時間がたつのも忘れ、すっかりあたりは暗くなりました。

お店は、午後6時には閉店となっています。ご注意を。

ではでは。

次回は、桐生のふるカフェです。


2017/04/23

「ふるカフェ系 ハルさんの休日」で訪れた店を地図にしました

タイトルの通り、地図を作ってみました。

お店の名前、住所、電話番号、Webサイトのリンク(作っていない場合は食べログ)などをのせました。マーカーをクリックすると、これらの情報がポップアップされます。

下を↓クリックすると、地図が開きます。
ふるカフェマップ

行ったところは主に関東ですが、その中でも固まらずにあちこちに行っているのだなと、感じます。

2017/04/21

ふるカフェ系 ハルさんの休日「神奈川・中央林間」 米軍ハウスって何?

今日訪れたのは、中央林間にあるふるカフェです。築50年ほどの米軍ハウスを改修したお店です。

店の名前は、FLATHOUSEcafe(フラットハウスカフェ)、住所は、大和市中央林間3丁目16−2。

米軍ハウスとは何でしょうか。ざっくりいうと、「基地の外部にある民営の賃貸物件で平屋か2階建のもの」で、間取りがアメリカ人向けになっているものをさすそうです。(Wikipediaより)

中央林間は厚木基地にほど近いため、アメリカ風の建物をところどころで見ることができます。よくあるのが、ランチハウス様式と呼ばれる建物です。これは、戦後アメリカで大流行した大衆住宅で、左右非対称の平屋です。そして、なだらかな勾配の屋根が特徴です。

お目当てのカフェは、白い壁に赤いドアが彩りをそえている、そんな建物です。屋根を見ると、日本の普通の民家です。これが米軍ハウスとは信じられません。玄関には、靴を脱ぐための段もあり、やっぱり和風。(お店なので、土足で上がれます。)

常連客におすすめされたのは、ミートローフ。

水道業を営んでいるこの常連さんは、米軍ハウスの思い出を語ってくれました。

ミートローフの作り方は、ひき肉に玉ねぎなどを混ぜタネを作ります。牛乳と混ぜたオートミールをつなぎとしてよく混ぜます。型にスライスしたベーコンを敷いて、タネを詰め、オーブンでじっっくり焼いて出来上がりです。

うずらの卵を目玉のように埋め込んでいて、ちょっと可愛らしい見た目です。

このお店には、大学の先生も興味を持っています。神奈川大学教授の内田青蔵さんが、解説してくれました。先生の専門は、日本に建てられた西洋建築です。

普通の日本の建物なら、バス・トイレは玄関の近くにあります。でも、この家ではバス・トイレが奥の方にあったり、米軍ハウスの特徴を教えてくれました。先生の見立てでは、この家は、いずれ日本人にも貸せるように和洋折衷にしたのではないかということです。

取り壊しの危機にあったこの建物をよみがえらせたのが、今のお店のスタッフたちです。廃材を集めて改修し、2011年にオープンしました。

先ほど常連として紹介されたおじさんも、店づくりに大いにかかわったのでした。

なお、このカフェのある建物には、「ガジェットモード」というお店が入っているようです。イギリスのヴィンテージ雑貨を扱っています。

ではでは。

ふるカフェ系 ハルさんの休日「東京・錦糸町」 ものづくりの街で生き残るための方法とは何か

今回訪れたのは、錦糸町にある古民家カフェです。

錦糸町は、ハルさんが学生時代に過ごした街。それから何年かが経ち、今では駅前に背の高いビルが並んでいます。でも、一歩路地を入ると昔から続く町工場があったりするのです。

目指すカフェは、立ち並ぶビルに挟まれるようにして、そこにあります。2階建ての、築60年、店舗兼住宅の建物です。話はそれますが、このようにビルの谷間に残る建物のことを「ど根性ビル」と呼んだりするようです。

店の名前は「すみだ珈琲」(お店のブログにリンクします)。住所は、墨田区太平4丁目7−11。

木枠にガラスがはめられたドアを開けると、木に囲まれた空間が目に入ってきます。京都の町屋のように、奥まで続きます。

上を見上げると、そこには根太(ねだ)天井。これは上の階の床板を下の階の天井に利用するものです。床板を支える横木がむき出しになっています。

建物がゆがまないようにするための「方杖(ほうづえ)」と呼ばれる補強材もむき出しです。飾り気のない、質実剛健な印象を受けます。

かつては、靴やわらじを作る町工場だったこの建物。

今では、照明にもガラス細工を使い、江戸切子と呼ばれるコップを並べています。このカフェの店主の実家が、ガラス工芸を営んでいるからです。創業120年にもなるそうです。

熱いコーヒーでも飲めるように、ホット飲料専用の江戸切子を開発しました。

お店で出されるお茶受けには、野菜の砂糖漬けもあります。5日もかけて作るこのお菓子は、墨田区の人たちに愛されています。この砂糖漬けは「梅鉢屋」のものでしょう。

かつては、9,700もの町工場があった墨田区。確かに、今では工場の数は減りました。

しかし、今でも続くところはあるのです。天然素材のブラシを作る工房や、子どものための安全なハサミを作る職人など、現代のニーズに合ったところは人を引きつけています。

ではでは。

次回は、米軍基地の町に生まれたカフェです。

2017/04/10

ふるカフェ系 ハルさんの休日「京都・西陣」 誰もが名前を知っているこの町が、新しく生まれ変わっている

レギュラー放送が、ふたたび始まりました。「ふるカフェ系 ハルさんの休日」
正月の特別番組では、金沢に行きました。それを見て、魅力的な放送だったので、またいつか毎週見たいなと、心待ちにしていました。

今日訪れたのは、京都・西陣にある築90年、国の登録有形文化財カフェです。店の名前は、「さらさ西陣」。(お店の公式サイトにリンクします)

住所は、京都市北区紫野東藤ノ森町11ー1  です。京都駅から北に7km、大文字山を望む場所にあります。京都御所からみると北西にある店です。

お店の玄関の屋根は、唐破風(からはふ)です。唐破風とは、日本で生まれた流線型が特徴の屋根で、お寺や城によく使われる形です。軒下には、曲線の木材が使われています。これを茨垂木(いばらだるき)といい、見栄えをよくするための造りです。

また、梁には模様が彫られ、優美さを際立たせています。虹梁(こうりょう)と呼ばれる技法で、お寺の建築でよく見かけます。

このお寺みたいな建物が、元は、どんな使われ方をしていたのか気になります。

建物の中に入ると、天井は、格天井(ごうてんじょう)になっています。壁には、緑色のタイルが使われ、ピンクがかった赤色の花が描かれています。このタイルは、マジョリカタイルと呼ばれ、近代イギリスで生まれた装飾タイルです。日本では大正から昭和10年代まで生産されていました。

タイルと、高い天井、大きな吹き抜けから想像できるように、ここは銭湯として使われていました。京都では、平安時代から湯屋と呼ばれる銭湯がありました。昭和の時代には、多い時で350件もの銭湯があったそうです。

ほとんどの銭湯は、宮大工によって作られました。ですから、唐破風があるなど、お寺のような外観をしています。今回訪れたカフェは、平成11年まで営業していた銭湯です。

番組では、銭湯らしいメニューとして、フルーツ牛乳が取り上げられていました。このフルーツ牛乳は、お店で手作りしたものです。牛乳に加えるのは、パイナップル・みかん・桃・バナナの4種類のフルーツと、はちみつ・砂糖。材料をミキサーにかけて完成です。

店で使うランチョンマットは西陣織です。西陣といえば、西陣織の産地です。もちろん、今でも工場が現役で動いています。

時代をさかのぼると、応仁の乱のあと、西軍の陣地の跡に織物職人が集まったことから、西陣織と呼ばれるようになりました。

西陣織は、分業制をとっており、糸を染める専門の人がいます。そのお店は糸染め店といいます。また、糸の本数・長さをそろえる人もいて、整経(せいけい)と呼ばれます。職人同士のコミュニケーションを図る場所として、銭湯がとても大切だったと、思い出話に花が咲きます。

他の多くの伝統工芸と同じように、西陣織も、衰退してきました。そんな中で、街を盛り上げようと、西陣織の工場見学ツアーが行われているのです。 また、このカフェができたことで、雑貨店やゲストハウスなども誕生するなど、波及効果も出ているようです。京都自体が、観光客が増加していることもあり、その恩恵も大きいように感じられました。

このカフェは、お茶だけではなく、ちゃんと食事ができる店です。和定食がおいしそう。京都ならではの白味噌のみそ汁、さわらの西京漬け、千枚漬けなど、見ているだけでお腹がすいてきました。

妻の実家が大津なので、個人的には、京都がすごく身近な存在になっています。西陣はまだ行ったことがないので、このカフェを含め、街並みを楽しみたいと思いました。

ではまた。

2017/03/03

子連れのオアシスに行ってきた(坂本美雨のコンサートレポート)

先日、1月28日に、東京の半蔵門にあるTOKYO FMホールで、坂本美雨のコンサートがありました。公式サイトはこちら

TOKYO FMを聴いていると、平日のお昼前には、坂本美雨のラジオをやっています。たまの休みに聴くことがあるのですが、いい声だなと思っていました。そして、妻の影響で、最近、私もCDを聞くようになっていたのでした。

そういうわけで、去年の暮れにフリーライブを見ました。そのときに、坂本美雨のコンサートのことを知ったのです。

それも、赤ちゃん連れで参加してよいとのこと。小さな子どもがいる私たちにとって、ライブを見るということは、かなわない願いだと思っていたので、喜んで行ってみることにしました。

会場に入ってみると、こじんまりとしたスペースでしたが、超満員です。立ち見のお客さんもいるほど。ステージのセットを見ながら、期待を高めていると、開演の時間になりました。

伴奏の人が加わることもありましたが、基本的には、CANTUSという名前の聖歌隊との共演です。セットリストを下に書いておきます。

the kiss 「Sing with me Ⅱ」
when you wish upon a star「Sing with me」
when she loved me「Sing with me」
ダニー・ボーイ 「Sing with me Ⅱ」
メトロポリタン美術館 「Sing with me Ⅱ」
いにしえの子守唄 「Sing with me Ⅱ」
遠い町で 「Sing with me Ⅱ」
ブラームスの子守唄 「Sing with me Ⅱ」
休憩
鬼のパンツ
THE NEVER ENDING STORY シングルCD"THE NEVER ENDING STORY"から
ノスタルジア 「Sing with me Ⅱ」
the water is wind 「Sing with me Ⅱ」
dream 「Sing with me Ⅱ」
the other side of love 「Sing with me Ⅱ」
星めぐりの歌「Sing with me」
pie jesu「Sing with me」

昔に聞いたことのある、懐かしさをおぼえる曲がほとんどでした。心地よい気分で満たされます。

とはいえ、私は子どもを抱っこする係。子どもは、7か月を過ぎ、支えてあげると立つことができるようになっていました。

開演から30分くらいは、ステージの方を向いてヒザの上に座らせていたけれど、大人しいのはそこまででした。その後は、私と向かい合うように、ヒザの上に立たせてあやし続ける時間が続きました。

会場には、たくさんの小さな子がいました。おそらく30人以上、いたと思います。やはり、最後まで集中力は続かないもの。泣き叫んだり、走り回ったりと、大変にぎやかな状況でした。

子ども連れだとお互いさまだな、と思えるけれど、子連れでないお客さんも相当いたようです。その人たちはどう感じたのかなと少し気になりました。

とにもかくにも、久しぶりのコンサートを満喫することができて、満足の一日でした。また行きたいなと思います。

おまけ
公演中では、20分くらい休憩時間がありました。会場には、赤ちゃんのための部屋があって、休むことができたようです。

2017/01/22

花が終わった鉢の土をリサイクルしてみる 「趣味の園芸」しゅみえんダイアリーより

プランターなり、鉢植えを買った後で、その土を捨てたくないなと思ったら、手を加えてあげる必要があるのです。

なぜなら、使用済みの土は、次のような欠点があるからです。
  • 排水性・通気性が悪い
  • 酸性に傾いている
  • 微生物が減っている
これらのことを補うために、3つのことをする必要があります。

1.雑草・枯れ枝を取りのぞく

特に、雑草は、再生しやすく、土の栄養分をとってしまうので、ていねいに取りのぞきます。
そして、シートの上に鉢をひっくり返して、鉢底の石や古い根を取りのぞきます。

2.きれいにした土を乾かす

新聞紙の上にうすく広げて、2~3日間、日に当てると良いそうです。そうすることで、土がさらさらになり、肥料のききも良くなります。水はけも良くなりそうです。
このとき、細かい根もとっておきましょう。

3.土のブレンド

ここが最大のポイント。
一度使った土は、粒が細かくなり、水が通りにくくなるので、粗い土を入れてあげます。

小粒の赤玉土や、荒めの腐葉土を使いましょう。腐葉土を加えることで、微生物が活発に働き、土が柔らかくなります。

ブレンドの割合は、次のようになります。
  • 古い土……5
  • 腐葉土……3
  • 赤玉土……2
以上を、よく混ぜ合わせたら、さらに土の栄養分を加えます。
有機石灰を加えて、酸性の土を弱酸性にします。弱酸性の土が、植物の生育に適しています。

  • 有機石灰……1リットルあたり3~5グラム
  • 緩効性肥料……1リットルあたり5グラム
以上を均一に混ぜたら、完成です。
祖母が元気な時、よく土を混ぜ混ぜしていたのを思い出し、思わずメモしてしまいました。

2017/01/05

ふるカフェ系 ハルさんの休日「金沢」 古いものと新しいものが共存する町をたっぷり歩いてみませんか

久しぶりに始まりました、『ふるカフェ系 ハルさんの休日』。ハルさんが、ふるカフェ、つまり、古民家を生かして営業しているカフェを訪れる番組です。

今回は、特別番組ということで、1時間放送され、2カ所のカフェを訪れました。

金沢には、茶屋街(ちゃやがい)と呼ばれる地区があります。ひがし茶屋街、主計町(かずえまち)茶屋街、にし茶屋街と分かれています。

まず、番組で紹介されたのは、ひがし茶屋街。1820年にできた金沢最大の茶屋街で、国の重要伝統建造物保存地区になっています。

茶屋というのは、芸妓さんがいる店のことです。昭和30年代には、60軒以上の茶屋があり、200人以上の芸妓さんがいました。

次に、主計町茶屋街を訪れます。「かずえまち」と呼ばれているのは、加賀藩士、富田主計の屋敷があったからです。ここは、浅野川沿いにあり、明治初期に形成されました。

この主計町茶屋街を歩いていると、細かい格子が特徴的な建物がありました。

その格子は、木虫籠(きむすこ)と呼ばれています。外からは中が見えにくく、中から外がよく見えるのが特徴です。

1軒目の店の名前は、土家。住所は、金沢市主計町2-3です。

この記事のように、日本建築学会の広報誌にも取り上げられるくらい、見ごたえのある建物です。

内装は、1階もすてきなのですが、2階が特に目を引きます。「ベンガラ」で真っ赤にぬられた床の間が素晴らしい。

窓からは、ゆったり流れる浅野川と、対岸の建物を見てなごむことができます。

お店では、サービスで、棒茶(茎だけを使った番茶)と栗蒸しようかんがついてきます。すごい気前の良さ。

予約すれば、仕出し弁当も食べられるそうです。

金沢には、この店のような茶屋のほかにも、町屋・民家・武家屋敷があり、1950年以前に建てられたものを、「金澤町屋」と呼んで保存しています。

町屋研究会というものもあり、カフェ「土家」を修復したのも、この会のメンバーの人です。


町屋研究会の人たちに教えられて、ハルさんが、次に向かいました。2軒目のお店は、明治末期の黒い門の古民家です。

長町武家屋敷跡という一角に、そのお店があります。長い土塀や石畳の小道が続くこの場所に、大きな屋根の建物が見えてきます。

その屋根は、切妻造りで、白壁に格子が入ったデザイン。「あずまだち」と呼ばれます。そんな和風の建築の中に、カラフルなエスニックのドアがあったり、金ぴかの仏壇があったりする不思議な建物です。

店の名前は、「くらげが雲になる日」。住所は、金沢市長町2-6-5です。

ハルさんが注文したのは、プーパッポンカリーというメニュー。タイでよく食べられているカニを使ったカレーです。

作り方は、香箱ガニ(メスのズワイガニのこと)を使います。カニの卵をカレールーと鶏卵に混ぜます。あとは、カニの身と季節の野菜といっしょに炒めるだけです。

見ているだけでお腹がすいてきました。

2階に案内されると、そこには、渋い青色の壁がありました。群青壁とよばれ、ラピスラズリを使った青い顔料で塗装する金沢独自の壁です。

群青壁は、藩主の前田斉泰(なりやす)が始め、武士や豪商の間に広まりました。

金沢のふるカフェでは、赤い壁・青い壁と対照的な2軒を見ました。どちらも金沢の特徴的な色です。

伝統を守りつつも、革新的なものを生み出してきた金沢。そのふところの深さを見ることができた旅でした。

最後に、番組で紹介された金沢の建造物を並べておきます。

尾山神社 神門(国の重要文化財)
金沢21世紀美術館
石川四高記念文化交流館
鈴木大拙館
金沢蓄音機館

子どもを連れて、いつか金沢に行ってみたいなと思いつつ。ではでは。