2018/02/20

クソみたいな職場の話

職場がしんどい今日この頃です。

メンバーのうち一人ならず、長期休んでいて。
少々休んだくらいでは辞めさせられないから、休む人が続くのも仕方がないのかな。

むしろ休むことの方が合理的だし、なんで働いているのだろうという気すらしてきます。

おかげで容赦なく押し寄せる残業の山。といっても、月50時間にも満たないレベルなので、残業好きの人からすれば、何を言っているのだという感じでしょうが。

ただ、今は、最低限の収入さえあれば、5時にさっさと切り上げたいのです。家で子どもの面倒を見る方がいい。

早く在宅ワークが導入されないかなあ、とも思うれけど、そんな気配は少しもなく。

転職するだけの思い切りもなく、当面は現状維持なのかもしれないけれど。

チャンスをうかがって、方向転換できたらいいなと妄想する毎日です。最低限、英語の勉強から始めなくては。

2018/02/18

イーサリアムを使うゲームの準備をしてみた

仮想通貨ブームということで。

イーサリアムという「仮想通貨」をやりとりすると、ブロックチェーンでゲームをすることができるらしいです。

たまごっち的なゲームがそろそろ始まるということなので、設定をしてみました。

  1. まずは、google chromeに、メタマスクをインストールします。手順は、こちらを見ました。
  2. 次に、入金をします。QRコードでも入金できるのですね。
スマホで、取引所をメインに動かしている私にとっても、簡単に操作できました。

(ハードウェアウォレットを早く入手しなくてはと思いつつも、先延ばしにしているありさま。)

入金が確認できるまで、30分ほど待ちました。

ブラウザは、google chromeだけではなく、braveというものでも良いみたいです。公式サイトは、こちらから。

ふだん使いはchromeにして、仮想通貨用はbraveにしてみようと考えています。braveだと「世界の株価」がちゃんと見られなません。なので、私にとっては、ふだん使いには向かないのです。

子育ては趣味ではなく、使命です

このツイートが話題になっていました。子育てネタの盛り上がりが気になる、今日この頃です。

3000万円の内訳は、詳しいところはわかりません。本当に3000万円必要なのかは別として、確かに、かなりの金額がかかるのは間違いないでしょう。

この手の話を聞くと、昔のことを思い出します。

私が中学校の頃、30年近く前の話です。歴史の先生が、「娘が大学に行っているので、お金がかかるんだよ。金食い虫だね」という話を良くしていました。この話をする先生は、楽しそうだった記憶があります。

子どもにお金がかかるということは、昔から言われていることです。

子育てを、趣味として考え、お金が損か得かで判断するならば、「貧乏人が手を出していい趣味じゃない。」と言えるでしょう。

でも、私は、子育ては趣味だとは考えません。社会人として、今まで特に大したことをしてこなかった自分が、大切な役割を果たすことができる場面。それが子育てだと考えます。

まとめると、子育ては楽しすぎるので、「趣味だ」とか言っていないで、使命としてぜひやるべきです。

午前中が暖かかったせいで、薄着で午後出かけたら、子どもが鼻水を出してしまいました。2月中は気を抜かず、寒さ対策が欠かせないと反省し、親として成長することができたのでした。





2018/02/15

子育ては単純じゃない

 少し前、「あたし おかあさんだから」という歌の歌詞が、話題を集めていました。

 歌詞の全文は、このページにあるとおりです。

 歌詞を見ていくと、子育てで良くあるエピソードが並んでいます。

  • 早起きをする
  • 子どもが興味をもつ遊びにつきあってあげる 
  • 服も食べ物も子どもにあわせたものばかり などなど
ひとつひとつは、子育ての悩みとして良くあることです。
 でも、「〇〇しなければならない」という「お母さんの義務」として読み替えるとどうでしょう。だんだん追い込まれていく気分になります。

 「あたし おかあさんだから」という言い方は、「お母さんだから〇〇しなければならない」というニュアンスを含んでいるといえるのです。

 ふつうの歌ならば、「でもお母さんは素晴らしい」というエピソードを盛り込むはずです。例えば、こんなツイートがありました。


 私も、この記事を読んで、うるっときてしまいました。
 でも、「かけがえのない、我が子と過ごすひとときを大切にしたい」などという感傷にひたっていられるのも一瞬です。
 日常が容赦なく襲ってくるのです。

 生まれたばかりのころは、授乳とオムツの交換で振り回され
 1歳ころになれば、歩き出し、動きも活発になり、何を言っているか分からないし
 1歳半ともなれば、重くて抱きかかえるのもやっとだし、不満があると大泣きして手を付けられないし。
 大きくなれば、また違った悩みを抱えるのでしょう。

 しかし、子どもが、きのうまでできていなかったことが、できるようになれば、それだけでうれしいものです。今は、次々と新しい単語を言えるようになり、そのたびに「おっ、言えたな!」と喜ぶ毎日。日々、愛らしくなっていくのも、単純にうれしいものです。

 そんな、目の前のわが子に、振り回され、驚き、愛しながら、今日も子育てをするのです。